先週、帰省したときに久しぶりに弘南鉄道大鰐線に乗った。その列車に乗ったのは高校の時以来のことだ。
大鰐線といえば、子供の頃まだ父方の祖母が生きていた頃はしょっちゅう乗ったものだ。実家の最寄り駅が中央弘前駅で、西弘前(現・弘前学院前)駅に祖母の兄弟だか姉妹だかが住んでいて、子供の頃鉄道が好きだった私はよく祖母にその親戚の家に連れていってもらった。
小学校の頃、祖母が亡くなってからはほとんど乗らなくなった。高校の遠足の時に1往復、それから高校時代にスキーに行くのに1回乗っただけ。先週乗ったのが23年ぶりだった。
先週はたまたま妹と一緒に弘前に規制していた3歳の姪っ子が大阪地下鉄以外の鉄道に乗ったことがないということで、大鰐線に乗って見ることとした。単に弘前から大鰐に移動するだけならJRを使ったほうが早いのだが、実家は大人の足では大丈夫なものの3歳の足では厳しいぐらいJR弘前駅から離れているし、姪っ子もJRの列車なら今後乗る機会もあるだろうけど、地方の私鉄はなかなか乗る機会がないだろうから、弘前にいる間に乗ってみたほうがいいと思ったからだ。さらに、私自身もTwitterなどをやってると実は大鰐線は一部の鉄道ファンには有名な路線だということがわかり、また乗ってみたいと思っていたところだ。
単線で、しかも中央弘前駅からしばらくの間は川原の凄いところを走っていて複線化なんて物理的にできそうもなく、市街地を外れるとのどかな田園風景を走る情緒あふれる電車だが、その弘南鉄道大鰐線が存廃の危機にあるらしい。
株主総会で社長が個人的なコメントとして3年後に廃止すると発言したようである。その発言は1か月後に撤回されて当面は存続となったが、余談は許さないだろう。
Wikipediaの記事によると、私が生まれた1974年がピークで389万8000人の利用者数がいたが、2010年には62万5000人、2011年の見込みが56万2000人と減少が続いているようである。もっとも、弘南鉄道に譲渡されて以来(おそらく前身の弘前電気鉄道時代を含めても)黒字になった試しがないのだが。
ここらへんの事情が杉山淳一さんが Business Media 誠に起稿した記事「弘南鉄道大鰐線は存続できるのか――地方に存在する事情 」に詳しくまとめられている。
地方のマイナー私鉄ならではの情緒あふれる鉄道であり、私にとっても思い出の詰まった路線なのだが、感傷とかそういうものだけでその鉄道を残すというのも現実的には厳しいだろう。戦後、弘前周辺の交通事情が悪かったので作られた鉄道なのだが、国鉄→JRと並行して走っていたので長距離利用者が少なかったことや、その後整備された路線バスに乗客を奪われた形となった。
だが、やはり地元民以外でも鉄道ファンが興味を持ってくれる路線であるのだから、ぜひとも存続してもらいたいものだ。